これまでの経緯
これまでの経緯
萬秀フルーツがいろんな果樹の栽培を行う理由について
萬秀フルーツではこれまでグレープフルーツを中心の栽培を行ってきましたが、
バナナ栽培を語るには先ず、グレープフルーツ栽培のきっかけからお伝えしなければなりません。
萬秀フルーツの前身「大崎農園」では、先代の大崎万助氏(現萬秀フルーツ取締役)が約30年にわたって温室みかんを栽培し、産地のブランド化にも取り組んで積極的に地域をリードする存在でもありました。
その中で、息子であり現代表の大崎秀樹が就農し大崎農園を法人化「萬秀フルーツ」とし、さらなる「温室みかん」拡大を進めておりました。拡大していく中で、古い樹についても積極的に植替え等行い、生産性の向上に取り組んでおりました。
その後しばらくして、植替えを行った温室の成績が徐々に低下していきます。
「誰かが作業を怠けたか?」
等も考えましたが、成績悪化は毎年ひどくなる一方。頭を悩ませる毎日でした。
そんな折のある日、病害虫の本をパラパラめくっていると、そこには「うちと同じ症状の写真」が載っておりました!
読んでいくと土壌伝染性のウイルス病とあり、苗木や接ぎ木、土壌を介して広がり農薬では退治できず伐採&土壌消毒するしかないという事でした。
植替え用に購入した苗木にウイルス病が混入していたのが原因でした。
瑕疵担保責任をたてに苗木屋さんと話しようにも既に廃業された後で、うちには罹病した木と畑が残りました・・・。
思い出すに平成20年ごろの事だったと思います。
そこから萬秀フルーツの苦悩が始まりました。ウイルス病を退治する為には、先ず畑にあるすべての木を伐採し、そして畑をクロルピクリン(強い農薬)で殺菌する必要が有ります。
ただ大きな問題があって、みかんは果樹なので1度伐採すると、樹を新たに植え大きくなるまで5年間実がならず無収入になります。一度にすべての畑を伐採殺菌するのは難しいため、毎年、温室を1つづつ植え替えていきました。
植替えに際し、もしまたウイルスが再発したとしてもなるべく被害が少ないモノが良いと考え「グレープフルーツ」を選択しました。これが「萬秀フルーツ=グレープフルーツ」の始まりです。
表向きは園主が「生グレサワーが好きだから」とか言っておりましたが、裏ではそんな事情もありました。
順番に植え替えを行っていき、初めて収穫したのは平成24年だったでしょうか。当時わからないままグレープフルーツだと言われて植えて最初に実ったのは「ダンカン」。超酸っぱい品種です。
今ではジャムに重宝しておりますが、あまりに酸っぱくて、全く売れず2tを穴掘って埋めました。
翌25年から赤色系品種が少しづつ採れ始めようやく一息。そして萬秀フルーツで一番大きな温室でも『今年から実がなった!!』と喜んだのが平成27年の春。
ところが『何だか果実変じゃないか?』果実を収穫して半分に切ってみると、注文したグレープフルーツと違う色であまりおいしくない品種でした。
かなりショックは大きかったものの、『グレープフルーツには違いない。なんとかなるやろ』と思い栽培を継続しました。
ところが翌年、果実が実り喜び束の間、再び衝撃が走ります。
『なんだか果実の形が悪い、しかも皮が厚い、おそらくウイルス病だな』。。。
なんとみかんを伐採し消毒し、植え付を行ったグレープフルーツもまた、苗木屋さんからウイルス病を持ってきたようです。しかも前述のと別のウイルスにも複合感染してるようでした。
(柑橘系はウイルスに複合感染すると被害が大きくなります)
その温室は萬秀フルーツで最大の温室であり、その温室が収穫が見込めないのはかなり辛い状況でした。 しかも導入した苗木は他の温室の植え替え用も含まれており、グレープフルーツ総合農園化を目指す萬秀フルーツにおいていろんな計画が頓挫しました。
でも諦めきれない私は、再びグレープフルーツの苗木を注文しました。そして苗木があと2カ月で届く平成28年1月、九州をあの『豪雪』が襲いました。なんと注文していた苗木が全て雪で枯れたのです。
あまりの運のなさを嘆きましたが、九州の苗木屋さんの全滅状況(豪雪で商品が全て枯れ、1年分すべての売り上げがパー)を見るに、「うちはまだ全然たいしたことないじゃないか!」と気を取り直しました。
が、しかし現実は変わりません。この1番大きな温室をどうする?と考えたとき、『また伐採・殺菌、そして植付…、そして樹が大きくなるまで5年・・・』
ちょっと絶望的さえ感じました。
さらには『温室みかん栽培からグレープフルーツ栽培』へ移行するにあたり多くの借り入れも行っており、 資金面でもさらに厳しくなるのが想定されました。
5年待つのはしんどい、でも柑橘系はウイルスの都合で無理、じゃどうする?
となった時に柑橘系以外の品目、選択肢に目を向けざる得ませんでした。
そこで選ばれたのが、ブルーベリーであり、ライチであり、アボカドであり、バナナだったのです。
いずれも皆が大好きなフルーツであり、国内ではあまり栽培されておらず、輸入が中心のモノが大半です。とくにバナナについては2年ほどで収穫でき、未収期間も短くて済みます。
また、幸いなことにバナナについては、大崎農園にて先代万助氏が温室ミカンハウスの片隅でこれまで30年以上わたり、趣味で栽培しており、毎年収穫しておりました。 出来上がりは皆のおやつで食べておりましたが、非常に美味しく『これイケる、作れる』と自信・確信をもちました。
そこからバナナについての情報収集を開始しました。農薬とか殆ど要らないらしいといった栽培方法から、マーケットについて、国産はまだ少ない事、岡山県になんだ有名人がいる事(もんげーばなな)、岐阜にばなな専門の苗木屋さんがある事、その他いろいろ調べました・・・
そして、ばなな苗の調達にあたっては、万助氏が30年可愛がってきたバナナの他に、岐阜の「奥飛騨ばなな」さんに依頼をし輸入してもらいました。
輸入が滞りなく完了し活着と導入が完了した平成29年夏、
ついに不良グレープフルーツ樹を伐採し、バナナを100株以上植え付けました。
しかし、萬秀フルーツには他にもグレープフルーツを含む柑橘系が植えられない畑がいくつかあります。
今後もその畑についてはグレープフルーツ以外の品目「バナナ、ライチ、アボカド、ブルーベリー、イチゴ」等を栽培する可能性が高いです。
5年先には『グレープフルーツの萬秀フルーツ』でなくなってしまうかもしれません。
でもグレープフルーツや柑橘はまた『別の場所』を探して植えます。
でもでも、総合フルーツ農園になっちゃうかもしれません。
オーナー制度を生かして観光農園になっちゃうかもしれません。
きっとだいぶ姿も変わっちゃうと思います。
そんなバタバタの萬秀フルーツ農園ではございますが、
引き続きご愛顧賜りましたら幸いと存じます。
平成29年8月 園主 大崎秀樹
■2026補足
それから約10年近くが経過しました。
平成29年当時、「これから萬秀フルーツはどうなるんだろう」と、自分達でも正直よく分からないまま走っていた部分がありました。
グレープフルーツ農園として進むのか。観光農園になるのか。いろんな果樹を扱う総合農園になるのか。
先の見えない中、「とにかく農で生きる」「価値追求型であり続ける」という事を考えていたように思います。
その後、ブルーベリーやバナナの導入をきっかけに、少しづつ観光や体験型コンテンツも増えていきました。
オーナー制度も拡大し、「果実を販売する」というより、『農園そのものを楽しんでもらう』という方向へ少しづつ形が変わっていきました。
しかしながら当時の萬秀フルーツは、まだまだ後発の小さな観光農園でした。
個人のお客様の集客力はまだまだ弱く、実際には旅行会社さんによる、「募集型バスツアー」への依存度がかなり高い状態でした。
そんな中、
世の中をコロナ禍が襲います。
観光、体験、イベント、人が集まる事そのものが難しくなり、
「これから観光農園へ」という流れは一気に急ブレーキが掛かりました。
特に、萬秀フルーツが依存していた団体旅行・募集型バスツアー市場は、
ほぼ壊滅状態となりました。
一方で、近場で楽しむ「マイクロツーリズム」自体は比較的動いていたものの、
当園のような後発観光農園にはかなり厳しい状況でした。
やむを得ず、観光部門については『今は生存を最優先、売れる物を売る』と判断し、一時期進めていた観光農園路線はかなり縮小・撤退する形となりました。
さらに当時、萬秀フルーツでは売上の2〜3割ほどが飲食店向け出荷でした。
飲食店様向けに10kg単位で出荷しておりましたが、コロナによる営業停止・時短営業の影響でその販路も一気に止まりました。
(飲食店さんの苦労に比べればうちはへみたいなモノですが)
正直かなり厳しかったです。
ただ、世の中では同時に「お取り寄せブーム」が急激に伸び始めていました。
そこで、それまで飲食店向けに10kgで梱包していたグレープフルーツを、今度は一般家庭向けに1kgとか2kgに小分け梱包へ変更。
販売法も説明文も発送方法も、全部やり直しでした。
とにかく毎日ずっとネット対応と箱詰めしていたような記憶があります。
ここで捕まえたお客さんがそのまま残ってくれるはずと、めちゃ頑張ったのですが、コロナ終われば静かに去って行きました。
世の中そんな甘いもんじゃありませんね。あくまでうちは代替であったということでした。
また飲食店向け需要については、やはり回復には時間がかかり、コロナ前の70%kくらいになったのが2023年頃からだったと思います。
ただ、そんな中でも比較的踏ん張れたのがオーナー制度でした。
オーナー制度は大人数を一気に集める形ではなく、家族単位・小グループ単位で時期も比較的分散。さらに郊外型で、屋外中心。
結果としてコロナ禍でも比較的継続しやすい形だったように思います。
実際、「遠くへ旅行には行けないけど、ちょっと農園へ」
という動きは一定数あり、弊社としても、改めてオーナー制度の強さを感じる時期となりました。また売上減に伴うコロナ助成金等の活用により、
これまでオーナーさんで共用していた台車、三脚、テーブル等を専用にすることができたのもこの頃で、オーナー制度自体がだいぶ整理&システム化出来てきたと思います。、
また近年では、グレープフルーツやベルガモットについて、
飲食店さんだけでなく、クラフトビールやジン蒸留所さん、菓子店さんなど、
様々な業務用のお問い合わせも増えております。
「国産である事、香りや個性が強い事、背景にストーリーがある事」
を面白がって頂ける機会も増え、少しづつ新しい販路も広がってきました。
特にベルガモットについては、国内でもまだ栽培例が少なく、
弊社でも少しづつ栽培を増やしております。
昔は、「変わった果物ばかり作っている農園」みたいに見られる事もありましたが、
最近では逆に、『いろんな果樹をやっていたから、いろんな販路を持ってたから助かった』と感じる場面も増えました。
病害、天候、価格変動、コロナ。資材人件費高騰、オイルショック・・・
農業はどうしても、何か一つが崩れると、一気に苦しくなる産業です。
だからこそ「一つに依存しない、いろんな可能性を持っておく」
という考え方が強くなっていきました。
もちろん今でもグレープフルーツは大切で大きな柱です。
でも苗事業も、ベルガモットも、ブルーベリーも、
全部「困った時代を生き残るために必死で探した答え」の一つでした。
気付けば昔の「温室みかん農家」とも、平成29年当時の「グレープフルーツ農園」とも、一時目指した「観光農園」ともまた少し違う姿になってきています。
もしかしたら今後さらに、
オーナー制度や体験、加工や業務用、
あるいは全く別の方向へ進んでいくかもしれません。
ただ一つ言えるのは、
萬秀フルーツは昔からずっと、思い通りにいかない度に、
また新しい果樹や方法を探しながら、
その時代なりの形で農園を未来へ繋ごうとしてきたという事です。
相変わらずバタバタしておりますが、
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
令和8年 萬秀フルーツ
代表取締役園主 大崎秀樹
